生きがいや夢中になれるものがみつからない、と思ってしまうとき

心の持ち方

ときどき、「何をやっても長続きしないんです。何か夢中になれる生きがいがみつかればもっと充実するのに。どうしたらいいんでしょう」というお話を耳にすることがあります。

少し厳しい言い方かもしれませんが、これでは宝くじが当たるのを待っているようなものです。
なぜなら、夢中になれるものというのは、棚ぼた式にみつかるものではなく、さまざまな経験をして、「あれでもない、これでもない」と試行錯誤した結果みつかるものだからです。

今輝いている人は、おそらく過去に人知れずもがき苦しんだり、裏でものすごい努力をしたり、多くの失敗をした経験があるはずです。
また、彼らは、ほぼ例外なくバイタリティがあり、何かするときは全力で取りくみます。
だから、うまくいかなかったときにも上手にあきらめることができ、どんどん次の可能性にチャレンジできたのでしょう。

しかし、今充実している人は、いちいちそんなことを語らないので、一見すると「早々に生きがいをみつけて成功した人」にしか見えません。
それで、つい何もしなくても運さえよければ生きがいが手に入るような気がしてしまうのでしょう。

このように、今充実している人の姿から陰の努力を想像できない人にかぎって、そうした人は運がよくて「ずるい」、自分は運が悪くて「損をしている」とひがみモードに入ってしまい、自ら動くことをあきらめてしまいがちです。

ここで、改めて確認したいのは、生きがいや夢中になれるものは家でただ待っているだけでは決して手に入らないということ、自分の足で動いて試行錯誤の結果みつかるものだということです。

他力本願で一発逆転を狙うのは、努力しないで結果がほしいと言っているのと同じです。
努力が嫌なら結果はあきらめる。
結果がほしければ努力をする、どちらか納得できるほうを選びましょう。
いいとこ取りはできません。
運を天に任せて何もしないで待つという選択も自由ですが、その場合は何も得られない可能性もあると覚悟することが必要です。

生きがいとは、必ずしも一生続くような立派なものでなければならないということはなく、その時々で本人が楽しめればいいものです。
もしかしたら、生きがいをほしがる人は、他人の目を気にして、誰かに誇れるようなことを求めているのかもしれません。

「今、ここ」の自分に集中しましょう。
日々丁寧に生きていれば、自然と毎日が充実し、生きがいのことはあまり考えなくなるでしょう。

生きがいを探すより、今を充実させましょう。
言い訳する前に動いてみましょう。

奈良 心理カウンセリングルーム
ナチュラリー. 鍛治 剛史