社交不安症について/3.なぜ、恐れてしまうのか【①社交不安の根底には無価値感がある】

心の病気

社交不安の人は、なぜ、人の中にいることを恐れてしまうのでしょうか。
そのような性格は、遺伝によるものなのでしょうか。
それとも環境のためなのでしょうか。
遺伝によるものだとしたら、治らないのでしょうか。
社交不安を乗り越えるには、どうすればよいのでしょうか?

①社交不安の根底には無価値感がある

【自我が傷つくのが怖い】

交通事故や地震、強盗、通り魔、痴漢、レイプ。
これらは実際に身体的危険があるので、不安を感じて当然といえます。

しかし、人と雑談することや人前でスピーチすることには、なんら実害がありません。
それなのに不安を感じてしまうのは、まったく自分の心の中だけの問題なのです。
自分で勝手に想像した危険を恐れているのです。

では、その恐れている主観的な危険の中身とはなんでしょうか?

それは、一言で表現すれば自我が傷つくことです。

前ブログであげた「見られる苦痛」とか「対処できない不安」、あるいは「自分が知られてしまうことを恐れること」などは、何か恥ずかしいことが起きて、自我が傷つくのではないかと恐れているのです。

能力が評価される場面で不安になるのは、自分の能力が低いことが暴露されることで、自我が傷つくことを恐れているのです。
「他者から嫌われること」を恐れるのは、この世界で自分を守ってくれる人がいなくなってしまうことを恐れているという面もあります。
しかし、それ以上に、人から嫌われたり、人から好かれないことは、自分には他者から好かれるだけの魅力や価値がないという証明であり、そのために自我が傷ついてしまうということを恐れているのです。

【自我が傷つくことを恐れる根底には、自己価値感の低さがある】

それでもなお、社交不安の人が、そうでない人に比べて自我が傷つくことをひどく恐れるのはなぜか、という疑問が残ります。

自我が傷つくことを恐れる根底には、いったい何があるのでしょうか?

それを突き詰めていくと、自己価値感の低さに突き当たります。

心が傷つくということの本質は、自分に価値があるという確信が脅かされてしまうことです
社交不安の人は自己価値感が希薄なために、容易に自分に価値があるという確信が揺らいでしまうのです。

人は誰でも自分に価値があるという実感を得たいし、自分の価値を高めたいという欲求を持っています。
このために、人を愛し、愛されることを求め、また、努力をするのです。
私たちの自我は、自己価値感の追求を中核に作り上げられていくものなのです。

無条件の愛に包まれて育った人は、幼い頃からあるがままで歓迎され、尊重されてきたので、確固とした自己価値感を核にした自我を形成しています。

これに対して、条件つきの愛や愛情の欠如の中で育った人は、自分の存在自体に価値を確信できません
そのため、何か優れたことを成し遂げることで周囲の注目と賞賛と愛を得て、それにより自己価値感を維持し、高めようとします。

ですから、自分が劣っていることが明らかになったり、失敗したり、嫌われたりすると、自己価値感そのものが大きく揺るがされてしまうのです。

このことからわかるように、社交不安を根本的に乗り越える道は、しっかりとした自己価値の感覚を獲得することです
すなわち、自分という存在そのものを信頼できるようになることです。

自己価値感を得るためには、人の思惑や期待を生きるのではなく、自己実現を追求することが必要なのですが、これについては今後のブログで述べることとします。

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